
├ 有限会社オフィス・フォーハウト 代表取締役社長
├ 一般社団法人マザー・ニア 代表理事
├ NPO法人エムスタイル&ジョブ 理事長
├ レインボータウン「まじかる☆ママ」 パーソナリティ
├ ボンドガール美保 〜人と人を繋ぐ架け橋に〜
├ 3姉妹のママ
├ 矢沢永吉施設応援団 東京本部 RUN&RUN
├ カメラのキタムラ 公認 フォトブック大使
├ NPO法人 居酒屋甲子園 サポーター
├ 村上博志ファンクラブ 会員番号1
├ 夢☆かつぎや 会員番号830
├ 千住魚河岸翌檜会 顧問
├ 硬式野球城東ボーイズ 後援会
├ 守成クラブ東京上野
├ 女性社長の会 守成クラブ 桜会
├ NPO公認 匠の会

1963年8月30日、東京都生まれ。
『830と書いてヤザワ ⇒ ヤザワの日生まれ』 生まれながらの矢沢永吉応援団

明治生まれの父親と、左半身不随の障害を持つ母親の元、川上美保はこの世に生を受けた。
幼いころは、入退院を繰り返すような体の弱い子どもで、いじめられっ子でもあった。
体を鍛えることで、虚弱体質・いじめられっ子を卒業。
高校卒業後は、昼間勤めに出ながら、夜もフランス料理屋でバイトをし昼夜休みなく働く日々。
父が亡くなったのちは、働きながら母の介護をする生活を続ける。

川上美保の最大の理解者・最高の応援団である『秋さん』と運命的な出会いで結婚。
1991年 長女出産と同時にこれまで勤めていた会社を退職し、パートで仕事を始める。
1996年 次女出産後、在宅で入力の仕事を請け負う。
仕事の為に、子どもを保育園に預ける。
パートで仕事をするも、子どもは、体調を崩す事が多く、仕事を休む事・早退遅刻をする事が多くあった。
休む度に行くのが辛くなる事もあった。
パートでの収入が\78,000、子どもの保育料が\70,000という事もあった。
もっと、お母さんたちが働きやすい会社があればいいのに…との想いが企業のきっかけとなった。

1997年 保育園のお母さん3人で『オフィス・フォーハウト』を設立。
東京都江東区のマンションで、入力業務を行う。
在宅ワーカー20人まとめ役としてスタート。
2001年 有限会社オフィス・フォーハウトに組織改革。代表取締役となる。
子育て優先、学校行事優先、家族優先、頑張るママの応援団として『オフィス・フォーハウト』を立ち上げたが、現状は厳しかった。 『ママたちを応援=ママたちに甘い』になっている現状に気づき、会社の改革を開始。
ママたちが働きやすい会社から、ママたちが働きたくなる会社への改革が始まる。

2011年 8月8日(月) プレマザーニアフェスタ開催決定
川上美保の目指す社会『子育てしながら安心して働きたくなる会社 子育てしながら安心して働ける社会』に向かって、 マザー・ニアフェスタの開催を決めた。
妻としての女性、母としての女性、社会人としての女性。女性には沢山の顔がある。
夢をあきらめずに、もっとに女性に輝いて欲しい。妻として、母として、何より一人の女性として。
女性一人ひとりが自立し、輝けるための情報と出会いの場を創出し、なりたい自分を見つけられるイベント。



